Japan,
2022年
12月
8日
|
14:00
Asia/Tokyo

「感じる・考える・学ぶ」本物の食体験を通じて 日本の食文化を未来へと手渡していくために

vol.2 VISON :サステナビリティ×食/前篇

神話の息づく、三重県伊勢志摩。伊勢神宮の庇護のもと、海と山と人の叡智が睦み合う、日本の原風景とも言えるこの地は、G7伊勢志摩サミット2016の舞台ともなった。そこにあるのはいにしえの時代より「」と呼ばれてきた、豊かな自然が育んだ至宝の美食ともてなしの文化。

そしていま、この地への旅に誘う新たな価値をもつデスティネーションが注目されている。三重県多気郡多気町の山のリゾート「VISON[ヴィソン]」と、三重県志摩市浜島町の海のリゾート「NEMU RESORT」。ウェルネス体験とサステナビリティの実践という2つのキーワードから、それぞれの魅力を浮き彫りにしていこう。

第2回目で紹介するのは、「VISON」が発信するサステナビリティ×食の取り組み。キーパーソンたちを訪ね、通底する思想とこの地ならではの取り組みの実践を取材してきた。

今回、サステナビリティを探す旅のひとつめのデスティネーションとして訪ねたのが、2021年にオープンした唯一無二の「食」をテーマにした商業リゾート施設「VISON」。そのあらましはvol.1で紹介したとおりだが、根底にあるのは豊かな自然によってもたらされる山と海の幸、そして伊勢神宮の存在によって育まれてきた洗練の食文化である。ただ「食べる」だけでない「感じる・考える・学ぶ」本物の食体験を求めて――いま私たちがVISONを旅するべき理由を、解き明かしていきたい。

まず話を伺ったのは、ヴィソン多気 代表取締役を務める立花哲也氏。2012年、同じ三重県内の湯の山片岡温泉に「癒し」と「食」をテーマにした複合温泉リゾート「アクアイグニス」を開業し、年間100万人超を集める人気観光地へと育て上げた実績をもつ、地元三重県出身の起業家である。自身にとっての第二章となる「VISON」の物語は、多気町の久保行央町長が「歴史ある薬草栽培を軸にした町おこしを手伝ってほしい」と依頼してきたことをきっかけに動き出したという。

「多気町には、八代将軍徳川吉宗に仕えた本草学者、野呂元丈に始まる薬草栽培の歴史がありました。それを生かした温浴施設やレストランのあるリゾートを一緒に考えてもらえないか、という相談でした。この地域には他にも豊かな食材がありましたが、その良さを引き出して観光客を呼べるようなスター料理人がいなかった。『アクアイグニス』で、パティシエの辻󠄀口󠄀博啓氏をはじめ『アル・ケッチァーノ』の奥田政行シェフ、『賛否両論』の料理人、笠原将弘氏らを巻き込んだように、ここでも辻󠄀口󠄀氏を中心に各分野のスター選手と呼べるような方たちに関わっていただき、ほかのどこにもないような魅力のある、そして長く続くような施設づくりを目指したのです

長く続くような施設づくり」という言葉が出たが、その背後には従来型の商業施設の孕んできた問題点に対する洞察があった。立花氏によると、日本の地方によくあるような商業施設の大半は借地の上に建てられており、その多くはせいぜい30、40年ほどで契約が切れ、更地にして返すことが前提となっているのだという。

「いわゆる従来型のスクラップ&ビルドは環境負荷が大きいし、文化が根付きません。我々は100年、200年と続くようなサステナブルな施設をここにつくろうと考えました。そのお手本は、言うまでもなく伊勢神宮です。20年に一度建て替えられる式年遷宮に倣って『VISON』の建物も極力地元の木材を用いてつくり、使った分はまた山に植林し、必要に応じて手を入れながらずっと使っていくのです。そのためにも、木材はなるべくペンキを塗ったり、防腐剤を使ったりせず、無垢のまま用いています。無垢の木は、触れて気持ちいいだけでなく目にも優しいはずです。

また広大な敷地内にはオーガニック農園エリアがあり『FARM TO TABLE, TABLE TO SOIL』(農場から食卓へ、食卓から土へ)をテーマにしたレストランや農業体験のできる宿泊施設も併設されています。自給自足を目指し、またその体験をアクティビティとして提供することでも、継続性を真剣に考えているのです」

「この地に根差して、いつまでも継続し続ける施設をつくる」というコンセプトのもとに立花氏が声を掛け、出店へと漕ぎ着けた店舗数は、当初の課題であった薬草を扱うカフェやスパなどを含めて70にも及んだ。特徴的なのは、他の商業施設にはないような味噌、醤油、みりん、酢、鰹節、漬物などの製造者が出店し、ただ商品を販売するだけでなく醸造や発酵といった製造業務もこの地で行なっていること。

「日本が世界に誇る伝統の食文化、発酵文化を未来へと手渡していくためにも、『VISON』で100年、200年と一緒にやっていきましょう! と声を掛けてきましたから、ここをものづくりの場とすることも重要でした。お客様にとっては、買うだけでなく、つくる過程を見学したり、場合によっては体験もできる場所です。お陰様で、他所にはないような食の一大テーマパークになったと自負しています」

またユニークなのが「VISON」には、海女さんたち自らが獲った魚介類でもてなす海女小屋や、牧場主が運営する精肉店があるなど、生産者自らが消費者と接するという新しいビジネススタイルが誕生していること。消費者にとっては、ふだん目にすることのない第一次産業の様子を生産者たちの口から直接聞くことにより、食への興味と理解、さらには感謝を深めると同時に、生産者たちにとっては接客という新たな活躍の場を与えるきっかけとなっているという。先述したように、レストランや宿泊施設の隣接したオーガニック農園もある。

立花氏が目論んだのは、出店者たちがここで同業者だけでなく消費者たちとも直接交流し合い、刺激し合うことで、自らの守ってきた食の伝統の価値を再発見し、発信力を増すという構図。この地ではさまざまな食材が実際につくられ、販売され、それを使って料理をする飲食店もある。そしてそれを買い、飲食する体験を楽しみにやって来る消費者たちがいる。すでにテナント事業者同士の有機的で自発的な交流が始まっているほか、消費者たちとの触れ合いの場となるイベントも催されている。「VISON」ならではの広がりのある食文化圏が形成されつつあるという。

「日本の文化の中心であるお伊勢さんが近くにあるお陰でもありますが、私はここを日本の食文化の中心地となるように育てていきたい。高速道路直結のスマートインターチェンジもありますから、いろんな地方の方たちにいらしていただけるし、逆にここから人やものや文化を発信することもできる。『VISON』を観光客など人の流れを生み出したり、三重の食文化のプラットフォームにしていきたいですね

「プラットフォーム」という言葉どおり、ホテルも併設された「VISON」は、豊かな自然に囲まれて洗練された文化を育んできた伊勢志摩エリアを観光する際の新たな拠点として利用され始めているという。

「『VISON』を拠点に、近隣の店舗やレストランに足を運ぶ人たちも増えていますし、同じ多気町では『五桂池ふるさと村』や『丹生神社』、『せいわの里 まめや』といったスポットも人気になっています。大台町まで行けば『ユネスコエコパーク』もありますし、水質日本一に輝く清流、宮川で遊ぶこともできます。南へ下れば熊野古道や美しいリアス海岸のある尾鷲にも行けますし、まさに山河美しく豊かな日本を知る旅のプラットフォームとして、理想的な場所と言えるのではないでしょうか」

「VISON」をつくるためには、必要に応じて山を切り拓いたと語る立花氏。だがそこで切られた木の一部を施設の建設に活用している。そして敷地にはたくさんの苗が植えられ、施設と共に育ち、新たな森をつくっていくことになる。

「自然は何より大切ですが、そのまま放っておくよりも、それを上手に利用することで地元の林業や製造業を支え、その利益でまた森に手を入れて守り育てるという循環を促していくことが大切です。その副産物として、貴重な日本の食文化をこの地で守ることもできます。人と自然の共存共栄関係を、これからも長い目で見て育んでいければと願っています」

【VISON飲食店のレポート記事は「vol.2 後篇」に続く】

【インフォメーション】

VISON

https://vison.jp