Japan,
2022年
12月
6日
|
14:00
Asia/Tokyo

古今東西の「食」にまつわる道具から イマジネーションの翼を広げる旅へ

vol.1 KATACHI museum & D&DEPARTMENT MIE by VISON :サステナビリティ×カルチャー/前篇

神話の息づく、三重県伊勢志摩。伊勢神宮の庇護のもと、海と山と人の叡智が睦み合う、日本の原風景とも言えるこの地は、G7伊勢志摩サミット2016の舞台ともなった。そこにあるのはいにしえの時代より「」と呼ばれてきた、豊かな自然が育んだ至宝の美食ともてなしの文化。

そしていま、この地への旅に誘う新たな価値をもつデスティネーションが注目されている。三重県多気郡多気町の山のリゾート「VISON」と、三重県志摩市浜島町の海のリゾート「NEMU RESORT」。ウェルネス体験とサステナビリティの実践という2つのキーワードから、それぞれの魅力を浮き彫りにしていこう。

第1回目で紹介するのは、「VISON[ヴィソン」」が発信するサステナビリティ×カルチャーの取り組み。「アトリエ ヴィソン」エリアにある「KATACHI museum」をプロデュースする陶芸家・造形作家 内田鋼一氏と、地域のロングライフデザインを発掘し、その地域らしさを伝えるコミュニティショップにしてネットワークのノードとなることを目指す「D&DEPARTMENT MIE by VISON」を訪ね、通底する思想とそれぞれの実践をお伝えしていこう。

■広大な山間の敷地に広がる、三重県の食文化に触れるテーマリゾート

今回、サステナビリティを探す旅のひとつめのデスティネーションとして訪ねたのが、2021年にオープンした商業リゾート施設「VISON」。そのスケールは余りに大きく、業態も広範に及ぶが、まずはその概要をお伝えするところから始めよう。

「VISON」があるのは三重県多気郡多気町。敷地面積は約119ヘクタール、東京ドーム約24個分というから、まずそのスケールに驚かされる。伊勢自動車道には「多気ヴィソンスマートIC(入口専門)」という専用のインターチェンジも設けられているくらいだ。

緑深い山間の広大な敷地に広がるのは、次の9つのエリア。テラス付きの客室を備えたホテル、離れのヴィラ、カジュアルな旅籠の3タイプのアコモデーションがある「ホテルエリア」、美食の都、スペイン・サンセバスチャンに範を取った飲食店街「サンセバスチャン通り」、持続可能な農業システムやデザインを取り入れた“パーマカルチャー”を実践するオーガニック農園としての「農園エリア」、日本を代表する気鋭のシェフたちによるシェフズレストランや日本の伝統食材の専門店を集結させた「和ヴィソン」、“木育”を通して子どもから大人まで、新しい学びの形を提案する体感型施設の「木育エリア」、パティシエ/ショコラティエの辻口博啓氏が手がける、カカオ農園を併設したレストランカフェの「スウィーツ ヴィレッジ」、ミシュランガイド パリ1つ星の「レストラン パージュ」のオーナーシェフ手島竜司氏が監修する産直市場の「マルシェ ヴィソン」、三重大学とロート製薬の共同研究による本草学をベースにした薬草湯のほか、薬草園や本草学研究所の併設された「本草エリア」、そして陶芸家・造形作家の内田鋼一氏がプロデュースする、古今東西の器や調理道具を蒐集・展示する「KATACHI museum」のある「アトリエ ヴィソン」。

「さあ、いのちを喜ばせよう。」の言葉を施設スローガンに掲げるにふさわしい、まさに「動く、食べる、学ぶ、癒す」のフルコンテンツを“世界に通じる本物”で、かつサステナビリティに配慮した形で揃えた、心と体の保養村といった様相を呈している。

食にまつわる道具から、イマジネーションが膨らんでいく

そんな「VISON」の「アトリエ ヴィソン」で「KATACHI museum」をプロデュースするだけでなく、オーナーと共に目指すべきアイデンティティを語り合い、骨子づくりからキャスト探しまでを担ったのが内田鋼一氏である。肩書きこそ陶芸家・造形作家ではあるが、その実は“実践力を伴った思想家”とでもいうべき人物である。「KATACHI museum」というユニークなコンテンツをプロデュースするにあたって、どんな想いを形にしたのか、話を伺った。

「『KATACHI museum』の展示品は、自分がもともと所蔵していたものが8割、そこに新たなコレクションをプラスした形で揃えました。

ここ『VISON』は『食』が大きなテーマとなっています。三重県自体が『美し国』と言われていて、海には例えば伊勢海老やアワビがあり、山には松坂牛や季節ごとの野菜があるなど、とにかく美味しいものばかり。ここ多気町は、お伊勢さんと熊野古道と伊勢神宮へと道が分かれる、そのちょうど真ん中あたりに位置していることもあり、その海と山の美味しいものが集まる場所なんです。それもあって、オーナーとは、ここにできる施設は『食』をテーマにするべきだねと話していました。そこで実際に『VISON』はリゾートであり商業施設でありながら、味醂や酢をつくるようなユニークな場所になっています。

これだけ広いまちのような場所には、文化施設も必要だろうということで、ミュージアムの構想を練ることになりました。それもやはり、ありきたりな地域の博物館ではなくて『食』をテーマに据えました。ここでは視点をより大きく広げ、三重県だけでなくさらに日本、アジア、ヨーロッパ、ひいては世界中の『食』にまつわる道具を展示しようという構想になったわけです。

とはいえ、それをただ時系列や地域ごとに並べてしまったら、よくある資料館のようになってしまうので、あえて一見何か分からないような、道具なのだけれどもアート作品に見えるような展示を考えました。情報を伝えることよりも「これは何だろう?」という、見る人の心の中に自然と湧き起こる好奇心とイマジネーションのほうを重視したんです。

決められた順路もエリアもなく、渾然一体とした世界になるように、あえて時代も紀元前のものから日本の明治時代あたりのものまで、混在させた形で展示しています。

面白いのは、ミュージアムショップではないですが、展示品の進化形としての、いま買える調理道具を販売するコーナーを設けているんです。伝統産業の活性化を目指す取り組みの一環として考えました」

「食」をテーマにしながらも、食材ではなく関連する「道具」にスポットを当てたミュージアム。しかもそのプロデュースをアーティストが手掛けるというユニークな形は、どのようにして着想されたのであろうか。

「食というのは、人が生きていく営みにおいて必要不可欠なものです。ゆえに時代に連れて、食べることにまつわる道具というのが次々とつくり出されてきました。原始人の最初の道具は“手のひら”でしたが、そこから人の知恵が増し、文化が発達していくに連れて、動物では使うことのないさまざまな道具が生み出されていったわけです。

道具というのは非常に面白いもので、例えば地球の表と裏という真逆の位置にある2つの国で、同じような時代に同じような機能をもつ道具が生まれていたりするんです。文化が異なり、地理や気候が異なり、素材や形にも差異はあるのですが、不思議と似たような道具が同じような用途で使われていたりする。そういったものを見ていると、やっぱり地球は丸くて、遠く離れていても同じ地続きで繋がっていて、同じような暮らしをし、同じようなことを考えるのだなということに気付かされます。

食にまつわる道具には、人種の差も貧富の差もない。共通のものもあれば、その地域や文化独特のものもあったりする。私自身も作家として器をつくっていますが、私が長年かけて集めてきた道具を展示するこのミュージアムでは、時空を超えて受け継がれる人々の暮らしや、そこで大切にされてきたことなどについて思いを馳せてもらえたら嬉しいですね」

「KATACHI museum」も「VISON」自体も、美し国という同じ三重県のアイデンティティから生まれた。その他のさまざまなエリアも同様である。内田氏は、すべての根源に通じるものとして伊勢神宮の存在について言及する。

「三重県には伊勢神宮があります。それは日本の宗教や価値観の原点とも言えるようなところです。人生で一度は行ってみたいと思うのは、もはや日本人だけではありません。

とはいえ、大多数の人がそうするように、ただ神宮にお参りに出掛けて、おかげ横丁で美味しいものを食べて帰るというだけではもったいないと感じていました。もっと三重県の“美味しい”の根源に触れる体験を創出できないものかと、常々考えていたのです。その理想を具現化してくれる場所が、ここ『VISON』でした。

三重県には、伊勢神宮があるからこそ残されてきたものがいっぱいあります。例えば神様にお供えする海と山の幸であったり、それを獲るための伝統的な農法や漁法であったり、そのための道具であったり。ここでは『食』がそのまま文化と歴史に密接に繋がっているんです。そのことを五感を通じて体験してもらえる施設として考えられたのが『VISON』なんです」

そのことを示す一例として「KATACHI museum」の建築にも触れておきたい。内田氏の考えたコンセプトのもと、外壁の施工を受け持ったのは、伊勢神宮の遷宮にも携わる左官職人たちであった。

「ここにしかないものにしたかったから、三重県産の土を使って、左官職人さんの技の結晶という形での建物を考えました。目地が一切ない、なめらかな外壁という点が、彼らにとっては大きな挑戦になりましたが、それを見事なまでの形に仕上げる卓越した技がありました。いまでは全国のプロたちが、わざわざこの建物を見に来るくらいです」

「食」を切り口に、三重県の文化発信基地としての機能ももつ「VISON」。この先、どのような発展を遂げていくのだろうか。最後に、内田氏はこう話してくれた。

「この場所は、できあがってオープンしたからゴールではなくて、むしろここから生まれていくものやことのほうが重要なのです。例えば、訪れた子どもがここで見聞きしたことを記憶の片隅で覚えていて、いつか他の地方や海外に行った時に、ミュージアムで見た道具が実際に使われているのを見たり、触れたりすることもあるかもしれない。その時に何を感じて、何をするか。そういったエピソードがひとつずつ増えていってくれると、何より嬉しいですね。

道具とは、突然生まれるものではありません。人が生きていくために、工夫を重ねてつくり出していったものです。必要から生まれたがゆえの形態の潔さや、存在の強さがある。そういったものを感じることで磨かれる感性があると信じています」

情報過多と言われる現代社会において、人々からイマジネーションが欠けていくことに対する危惧を口にする内田氏。「KATACHI museum」では、展示物がなんなのかがキャプションを見るだけでは分からない。だからこそ「これってなんなのだろう?」とイマジネーションを働かせる――そこに意味があるのだという。

「イマジネーションがないから、他人がこうしたら傷つくだろうとか、こうしたら痛いだろうといったことに思いを馳せられなくなってくるんです。現代人はもっと体感を伴う体験を求めていかないと、感性を育てることができません。自分は特に、ものをつくることを仕事にしているので、イマジネーションが何よりも大切だと感じています。

自分の場合は、見たものをそのまま表現するのではなくて、一度自分の中で消化してからでないとうまくいかない。消化をするという、一度自分の中に入れて、熟成・発酵させる時間が必要なんです。

僕は大学で生徒たちを教えたりもするのですが、彼らは答えはよく知っていても、そこへの導き方やプロセスを分かっていないということが多いんです。知識では知っていても、実際の体験が伴わないからです。なのに、本人は知った気になっているというのがすごく多くて。

僕自身は10代の頃からいろんな国に出掛けていって、向こうでものをつくったり、いろいろな仕事をしてきました。展示品にも、その頃に出合ったものや見つけたものがたくさんありますが、驚きだったり感動だったり、現地の人たちがその道具をどんなふうに使っていたかといった記憶が、はっきり残っているんです。

そんなふうに、ミュージアムでももっと自分で答えを想像し、探し出す、導き出すということができたら、もっと面白くなるのではないかなと思っています」

【D&DEPARTMENT MIE by VISONのレポート記事は「vol.1 後篇」に続く】

【インフォメーション】

KATACHI museum

https://vison.jp/shop/detail.php?id=43

VISON

https://vison.jp